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釧路地方裁判所 昭和58年(行ウ)6号 判決

原告 大井浩

被告 阿部悟郎

参加人 標茶町長

主文

一  本件請求を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は標茶町に対し金四九一四万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告及び参加人

1  本案前の申立

主文同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五四年四月に標茶町長に就任したが、右就任後昭和五八年五月に至るまでの間標茶町職員(管理職を除く)に対し、法令あるいは条令に基づくことなく時間外勤務手当として毎月一律三五〇〇円の金員及び毎年度末に時間外勤務手当年間予算枠の残額について全員一律の金員の各支払を行つたため、標茶町は右支給金員の累計の合計四九一四万八〇〇〇円相当の損害を被つた。

2  原告は被告の右違法行為について住民監査請求(地方自治法二四二条一項)をなしたが、標茶町の監査委員から昭和五八年一一月二五日付けをもつて原告に対し示された標茶町の措置は、右違法行為について反省もなく、標茶町職員の不当利得についても何らの処置を行つていないものであつて、不服がある。

3  よつて、原告は地方自治法二四二条の二、一項に基づき、標茶町に代位して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき金四九一四万八〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の昭和五八年六月一四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  地方自治法二四二条の二が、監査委員の勧告等に不服がある場合の他に、その勧告を受けた執行機関等の措置に不服があるときにも監査請求人に出訴を認めるのは、執行機関等が当該勧告どおりの措置を講ずるように担保するためであり、勧告に従わないかその趣旨に反する場合に出訴を認めたものである。そうして、同条の第二項においては、その手続の段階に対応して右二つの訴について各別の出訴期間が定められている。従つて、当該勧告を受けた執行機関の講じた措置が勧告内容と同一でありそれに従つたものである場合には、この措置を不服として同条に定める訴を提起することができないのであつて、たとえ訴訟を提起したとしても、それはとりもなおさず当該勧告に対する不服にほかならないものであり、右訴えの出訴期間は、同法二四二条の二第二項一号の制限に服するものである。

本件において標茶町監査委員のなした監査結果は、時間外勤務手当支給について「止むを得ない措置」であり「違法不当の支出であると断定することができない」という前提の下に、「今後は標茶町職員給与条例等の趣旨にそい正規の手続で執行するもの」というものであつたが、被告は直ちに右勧告による措置を全て履行し、その旨を昭和五八年一一月二四日付け書面をもつて監査委員に回答しているところである。

従つて、監査委員のなした勧告は被告により全て適正に措置されているものであつて、この措置を不服として右勧告を上廻る過去の支給手当の返還を求めることは、結局右勧告に対する不服に他ならないものであり、本件請求は同法二四二条の二第二項一号の出訴期間の適用を受けるものであり、監査結果が原告に通知された昭和五八年一一月五日から三〇日以上経過した同年一二月二一日に提起された本件訴えは不適法な訴えである。

2  地方自治法二四三条の二は、普通地方公共団体の職員のうち出納職員等一定の職員のなした一定の行為による賠償責任に関して特則を規定しているが、この規定の趣旨は、同条第一項所定の職務又は同項に掲げる各行為の特殊性に鑑みて、これらの職員の賠償責任については、これを私法上の債務不履行責任又は不法行為による損害賠償責任とは別の公法上の特殊責任とし、その要件を緩和して責任が苛酷とならないように配慮したものであり、職務の特殊性に応じた責任を負担させることにより、これらの職員が畏縮し消極的となることなく職務に専念することができるようにするとともに、賠償責任が認められる場合においても、当該地方公共団体の長が賠償命令を発すべきものとして違法な会計事務等の是正を簡易迅速な内部手続により実現しようとするものである。

従つて、地方公共団体が地方自治法二四三条の二第一項所定の職員及び行為について賠償責任を求める場合は、賠償責任に関する民法の規定は適用を排除され(同条九項)、賠償責任の存否、範囲も右賠償命令によつて始めて確定されるに至り、その責任の実現も専ら同条所定の手続によつてのみ図られるべきものであり、当該地方公共団体のなし得ない賠償請求訴訟を住民がこれに代位して提起することも当然許されないものである。右手続と別個に、あるいは並列的に民法の規定を適用して賠償責任を追求しうるとするならば、彼此いずれの手続によるかによつて賠償責任の存否、範囲等に相当の差異を生じ合理性を失するばかりでなく、同条項の存在意義を没却する結果となる。なお、同条の規定は、同条第一項第二号において地方自治法二三二条の四第一項の命令(地方公共団体の長の命令)を掲げているところからも、地方公共団体の長の賠償責任についても等しく適用されるべきであり、別異に解すべき理由はなく、本件被告の支出行為も同条の手続によつて責任の有無を確定すべきものである。

よつて、本件のように、参加人が違法な公金を支出したものとして賠償義務の履行を請求する場合に、右賠償責任の存否の決定、責任の実現は専ら地方自治法二四三条の二所定の手続によつてなされるべきものであり、これとは別に住民である原告が同法二四二条の二第一項四号の規定に基づき標茶町に代位して損害の賠償を求めることはできず、本件訴えは不適法であり、却下を免れない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、被告が昭和五八年四月及び同年五月も時間外勤務手当を一律支給したこと及び標茶町が四九一四万八〇〇〇円の損害を被つたことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実中、原告が被告の時間外手当支給等の行為について住民監査請求を行つたことは認め、その余は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  成立に争いのない甲第一号証、同第三号証、乙第一、二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五八年九月七日、標茶町監査委員に対し、同町元町長門屋盛吾が昭和四八、四九年ころから管理職以外の同町職員に対して毎月一律三五〇〇円の金員を命令又は実績がないのに時間外手当として違法に支給し、その上毎年五月ころ、時間外勤務手当年間予算枠の残額を更に上積みして一律支給しているとして、右違法行為によつて同町が被つた損害を補填するために必要な措置を講ずるよう求め監査請求を行つたこと、同町監査委員は、昭和五八年一一月五日、参加人に対し「住民監査請求監査結果にともなう要望について」と題する書面を送付し、その中で、同町の時間外手当支給等の事情聴取の概要を記載するとともに、監査委員の判断として、「監査の結果一部事務処理上適正を欠いた点もあつたが、町の取つた措置は労働基準法の趣旨に照し止むを得ない措置であつた」と認める、「したがつて、これをもつて毎月三五〇〇円の時間外勤務手当並びに年度末一律の上積み支給を違法不当の支出であると断定することができない。」しかし、条例規則に照らすと「一部事務処理に適正を欠いた点」も認められ、「かかる行為が住民に疑惑を抱かせた結果」となつたのは「誠に遺憾である。」とした上で、今後については標茶町職員給与条例等の趣旨に添い正規の手続きで執行するように是正することを求め、その是正措置について昭和五八年一一月一八日までに回答することを求めたこと、そこで参加人は昭和五八年一一月二四日同町監査委員に対し「住民監査請求監査結果にともなう回答について」と題する書面を送付し、その中で、是正措置として「1 月額三五〇〇円の一律支給については、本年度四月からは支給していない。2 年度末における一律支給措置については、上記措置に準じ支給しないこととする。3 時間外勤務の命令、その他これに付随する措置については、諸法令、条例、規則等の定めるところにより、その取扱いについて是正措置を講じたい。4 事務処理については、各課(係)の事務量、配置人員等に十分検討を加え、よりよい職務体制をつくりたい。」旨回答したこと、同町監査委員は昭和五八年一一月二五日原告に対し右回答を通知したこと、原告は、監査請求に対する同町の措置である右回答を不服として昭和五八年一二月二一日に本訴を提起したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  ところで、地方自治法二四二条の二第一項において、住民の監査請求に対する監査委員の勧告(以下勧告という)に不服がある場合のみならず、勧告を受けた執行機関の措置(以下措置という)に不服がある場合にも監査請求人に損害賠償請求等の出訴を認めている趣旨は、執行機関が勧告に従わないか、あるいはその趣旨に反するような措置を行つた場合に監査請求人に出訴を認めることにより、執行機関が監査委員の勧告に従つた措置を講じるように担保するためであるから、措置に不服があるときに出訴する適法要件として、出訴者は措置が勧告を下廻つている事実を主張、立証する必要があると解すべきである。なぜなら、もし右要件が不要であると解すると、そもそも監査委員の勧告自体に不服があつたときでも、勧告に対する不服の出訴期間(地方自治法二四二条の二第二項一号)内に出訴しなくても、右勧告に従つた措置がなされたときに、右措置に対する不服として出訴することが可能となつてしまい、実質的には勧告に対する不服であるにもかかわらず、措置に対する不服の形をとつて前記の勧告に対する不服の出訴期間の制限を潜脱することを許容することになり、そうすると勧告に対する不服とは別に措置に対する不服を認め、それぞれについて出訴期間を定めた法の趣旨に反することになることが明らかであるからである。

三  これを本件についてみると、前記認定のとおり、標茶町監査委員が参加人に対し、今後は同町職員給与条例等の趣旨に添い正規の手続きで時間外勤務手当等の支給を執行するよう勧告したところ、これに対し、参加人は、月額三五〇〇円の一律支給、年度末における一律支給をやめ、時間外勤務の命令等については諸法令、条例規則等の定めるところにより支給する旨回答しているのであるから、監査委員の勧告と参加人の是正措置との間に不一致はなく、措置が勧告を下廻つている事実を認めることはできない。そこで本件請求は、措置に対する不服を理由とする住民訴訟の適法要件を充足しないものである。

四  以上のとおりとすると、本件訴えはその余の点につき判断するまでもなく不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔柳正義 杉本正樹 生野考司)

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